cocoronocacari essay

読むことで救われてきた。書くことで未来を手繰り寄せる

2016.12.04

義理の弟の職場は僕の母校である木更津高校のすぐ隣。お客様イベントの餅つきにお呼ばれし、アクアライン経由60分かけてやってきた。炭火で炙った磯辺焼きが美味い。あまりの賑わいに会場の席数が窮屈そうだったので、ひとり学校へ散歩に出かけた。

授業サボる時によじ登って抜け出す部室裏のフェンス、校門をくぐった先に見える時計台、隣クラスの気になるあの子をチラ見する校舎の中庭、合宿施設は苦しい夏の練習と仲間との枕投げ合戦、すべてが懐かしい。当時のすべてがここに詰まっている。色褪せない記憶。ほぼ何も変わってない。

こここんなんだったっけと、記憶に薄い風景や見知らぬ路地などの発見もあり、集団で群れることで個体として生きることから目を背けていたことがよくわかった。17歳の子供だから仕方なかったのだろうか、でも気がついていた同級生は沢山いたはずだ。戻れるなら教えてあげたい。校訓である「質実剛健」「自主自律」の意味を。

後悔しても仕方ないし、楽しい高校生活であったことは間違いないので、自分の子供とこれから先の自分への申し送りとする。
Time goes on. 人生に無駄はないのさ。